好きなことをやるためには、つらい事もこなさないといけません。
2016021802

これは題記に反しているでしょうか?
違います。

誤解して頂きたくないのが

「じゃあ仕事やめて悠遊自適な生活を送ればいいのか」
「受験が嫌だからやめちゃえ」

こういった、ありがちな凝り固まった反応です。

そうではありません。

なぜ受験するのか ⇒ 将来目指す道筋にある越えなければいけない障害 ⇒ そのためのつらい事●●●●
なぜ仕事をするのか ⇒ お金を手に入れて楽しい生活を送る。または自己実現。というか生活のため ⇒ そのためのつらい事●●●●

嫌なこと≒つらい事 ではなく 嫌なこと ≠ つらい事 です。

スポーツ選手だって、筋力トレーニングはつらい事ですがやらなければ勝てません。

じゃあ嫌なことって何なのか?
あくまで私の見解ですが

自分の目的(楽しい事)につながっていない事 だと考えます。

人生回り道すれば、思いのほか無駄なことなんてないんだと気付きます。

なので明確な答えを記載できませんが、直感が大事です。

あなたが「嫌で嫌で、もう死んでしまおう」と思い詰めている時
それを捨ててみて下さい。無理やりにでも捨ててみます。するとその隙間にスッと違う事柄が入ってきます。

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そして、好きなことをやるために、嫌なことを捨てて、つらい事をこなしていきます。

ここで題記のこの部分「辛さアピールも忘れずに」です。

ここで、「つらい事」という言葉を「努力」「頑張り」に置き換えてみます。

現実的に言えば、
あなたの身近な人は、普段から頑張ってない奴に手を貸すほど 善人ではありません。
打算的ではありますが、努力や頑張りは日頃から見せておいた方がイイです。

日本的な文化でいえば
頑張りや努力は人の見えないところで行うことが美徳とされています。

実際、仕事に余裕のある人や成功している人は
裏では血の滲むような努力をしていることでしょう。

それはとても素晴らしく尊厳のある行いです。

当たり前ですが

人の見えるところでは頑張って、見えないところではサボるようでは
成功しないのは当然
です。

しかし、ここで重要なのは
「誰もがあなたを見てくれているわけではない」ということです。

良く言われる言い回しに、「誰かが必ず見てくれている」とありますが

本当にそうでしょうか?

逆に、
あなたは他人の見えない「頑張り」「努力」を見ているでしょうか?
それと同じことだと思います。

あなた自身が「嫌なこと」は「嫌だ!」と捨てないと
「嫌なこと」として認識されないのです。

本記事とはまったく関係ありませんが、以前下のような本が発行され話題になりました。
興味がある方はおすすめです。