「昔の写真ある?」
この質問が、胸に刺さる人がいます。
笑って受け流しても、あとでひとりになったときに、少しだけ息が詰まる。
世の中はデジタルになったはずなのに、人生の節目ほど「紙の思い出」が前提になっていたりします。卒業アルバム、幼い頃の写真、実家の押し入れに眠る何か。結婚式のプロフィールムービーを作る段階で、急にそれが“必須アイテム”みたいに扱われることもある。
けれど、最初から持っていない人もいるし、持っていたのに守れなかった人もいます。
そして、その人たちは案外多い。
紙の思い出がない結婚式は、静かに寂しい
僕自身、卒業アルバムも、幼い頃の写真もないまま結婚式を挙げた人間です。
母との死別、離婚、養子縁組。7人兄弟という人数の中で、家族の形も生活の形も何度も変わってきました。自分自身も離婚を経験して、実家は離散し、もう「帰る場所」としての実家がありません。
だから、写真が残っていないのは不思議な話じゃない。頭ではわかっているのに、いざ結婚式の準備で「子どもの頃の写真をください」と言われたとき、言葉が詰まりました。
ない。
探してもない。
“ない”という事実が、まるで自分の人生の薄さみたいに見えてしまう瞬間があるんです。
本当は薄くなんてないのに。いろいろあったから、ここに立っているのに。
それでも、紙がないと説明できない場面がある。あれは、ちょっと悔しい。
「捨てた」のではなく「捨てざるを得なかった」
紙の思い出が残らない理由って、だいたい“ちゃんとした事情”があります。
引っ越しが多い。住まいが狭い。家族関係が壊れた。災害に遭った。介護や死別で片付けを急いだ。離婚で荷物を持ち出せなかった。
誰にも責められない理由ばかりです。
なのに、世間の空気はときどき残酷で、「思い出があること」が当たり前みたいに進んでいく。
紙のアルバムが“普通の家庭”の証明みたいに見える瞬間がある。
このズレが、地味に心を削ります。
持っていない自分が、何か欠けているような気がしてしまうから。
クラウド化が、もう少し早くあれば
正直に言うと、何度も思います。
クラウドが、もう少し早く当たり前になっていたら、と。
スマホで撮って、勝手にバックアップされて、どこに住んでいても取り出せる。
あの仕組みが、あと10年早ければ。あと15年早ければ。僕の「紙の思い出」は、もう少し残っていたかもしれない。
もちろん、今さら戻らない。戻らないからこそ、ここで一度だけ言いたい。
紙の思い出がない人は、負けていません。生活の事情に、ただ巻き込まれただけです。
そして、今の時代には“今から守れる手段”があります。ここが救いでもあります。
同じような境遇の人へ。思い出は「紙」だけじゃない
写真がないと、人生がなかったことになるわけじゃありません。
覚えている匂いがある。
苦かった記憶がある。
誰かに言われた一言が、いまだに体の奥に残っている。
自分が必死に乗り越えた時間がある。
そういうものは、アルバムに収まらない形で残っています。
紙がないことは痛いけれど、あなたの人生の証拠が消えたわけではない。
ただ、それでも「形にしておきたい」と思う気持ちが出てくる日もあります。人として自然です。
そのときのために、今できることをいくつか置いておきます。
紙の思い出がない人が、今からできる「取り戻し方」
1)“残っている可能性”のある場所を、そっと探す
気が重い作業です。無理にやらなくていい。
ただ、可能性がある場所は意外とあります。
兄弟姉妹、親戚、昔の友人、同級生。
集合写真を持っている人がいる場合もある。学校行事の写真が、誰かのスマホではなく“誰かの家の棚”に残っていることもあります。
「写真ある?」と大げさに聞くのがつらいなら、「昔の写真、もし残ってたら1枚だけ見せてほしい」くらいの温度でもいい。
取り戻すというより、拾い集める感じです。
2)見つかったら、紙に戻さず“デジタルに逃がす”
もし1枚でも見つかったら、最優先はスキャンです。
高い機材がなくても、今はスマホで十分なことが多い。
大事なのは、端末の中に入れっぱなしにしないことです。端末は壊れます。落とします。機種変で消えることもある。
だからクラウドに逃がす。
例えばこういうサービスがあります(使い慣れているもので大丈夫です)。
Google フォト / iCloud / OneDrive / Dropbox
できれば二段構えにします。クラウド1つだけだと、不安な日がある。別の場所にもう1つ。外付けHDDでもいい。
“思い出に保険をかける”感覚です。
3)紙がなくても「思い出の新しい作り方」はできる
ここがいちばん伝えたいところです。
幼い頃の写真がないなら、今の自分の記録を残せばいい。
写真でも、文章でも、音声でも。
たとえば、スマホのメモに「今日思い出したこと」を一行だけ書く。
あるいは、夜にふと浮かんだ記憶を、3分だけ音声で録る。
それだけでも、未来の自分にとっては立派な“アルバム”になります。
紙の思い出が保存できない人ほど、今からの思い出を、軽くでも守っておくと救われる日があります。
過去を完全に埋めることはできなくても、「これから」を空白にしないことはできる。
紙の思い出がないことを、恥にしなくていい
結婚式で写真がない。帰省する実家がない。卒業アルバムがない。
その事実は、ときどき胸に穴を開けます。
でもそれは、あなたが怠けたせいでも、家族を大事にしなかったせいでもありません。
ただ、守れなかっただけ。守れる環境ではなかっただけ。
そして、同じような人はいます。思っているより、ずっと多い。
この文章が、その人たちに届けばいいと思っています。
今日できる一歩だけ
もし、今あなたのスマホに写真があるなら。今日、クラウドにバックアップを設定してみてください。
もし、写真がほとんどないなら。今日、メモに一行だけ書いてみてください。
「母の声はどんな感じだった」
「小学校の帰り道に、何を考えていた」
「自分が初めて悔しくて泣いたのはいつ」
うまく書けなくても大丈夫です。
“思い出がない側の人生”にも、残せるものはある。今の時代は、そこだけは優しい。

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