子どもの頃ファミコン、ゲームボーイの記録が飛んだ絶望に比べたら──「記録」が当たり前ではなかった時代と、いまの便利さについて

子どもの頃ファミコン、ゲームボーイの記録が飛んだ絶望に比べたら──「記録」が当たり前ではなかった時代と、いまの便利さについて

夏の夕方、雷が鳴った瞬間に部屋が一瞬だけ暗くなり、ブラウン管がふっと消えた。
次の瞬間、画面には無慈悲な文字列――「セーブデータが きえました」
手のひらの汗、喉の奥の熱、あれは小さな喪失体験だった。ファミコンの「ふっかつのじゅもん」を紙に写し損ねた日も、ゲームボーイのカセットをそっと抜いたら二度と続きが出てこなかった日も、世界は一瞬で平坦になり、ぼくは床にぺたんと座り込んだ。

――あの「記録が飛ぶ」という原始的な絶望を知っている世代は、いま、自動保存とクラウド同期に包まれて生きている。便利になった。だからこそ、立ち止まって確かめたい。失えた時代は、何を残してくれたのか。失いにくい時代は、私たちから何を奪っているのか。


第1章 記録が“ぜいたく品”だったころ

  • 呪文という記録:長い平仮名の列をまちがえないようにノートに写す。濁点ひとつのミスで、すべてが霧散した。
  • 電池という寿命:カセットの中の小さな電池一個に、冒険の全履歴がぶら下がっていた。切れれば、物語ごと消える。
  • 一発勝負の緊張:セーブできる場所は限られていた。だから区切りを丁寧に作り、最後の一手に集中した。

記録が「あるか・ないか」の世界は、私たちにひとつの態度を教えた。
それは、いまこの瞬間を“貴重品”のように扱うこと。やり直しが効かないからこそ、目の前の一回を大切にした。


第2章 いま、記録は“空気”になった

  • 自動保存:書きかけの原稿も、編集中の画像も、いつの間にか守られている。
  • クラウド同期:スマホで撮ったメモが、タブレットでもPCでもそのまま開く。
  • 履歴と復元:昨日の版、先週の版、半年前の版に戻れる。ミスを笑い飛ばせる。

この便利さは、まぎれもなく文明の勝利だ。創造の回数が増え、失敗のコストが下がり、人生の“やり直し”が少しだけ容易になった。一度しかない冒険より、何度でも挑める挑戦のほうが、人を遠くまで連れていくことも確かだ。


第3章 便利さの影で失ったもの

  • 緊張の消失:いつでも戻れると、最後の数手に宿ったあの集中が薄れる。
  • 区切りの儀式の喪失:セーブに手を合わせるような“締め”が消え、時間はだらだらと滲む。
  • 雑な積み上げ:「どうせ保存されている」安心感が、仕事や学びを“未完のまま”流しがちにする。

失いにくい世界は、尊い。しかしそれは、「失うかもしれない」から生まれる覚悟という、もうひとつの資源を静かに減らす。


第4章 “飛んだ”世代がもらった贈り物

  • 手触りのある記憶:ノートに刻まれた“呪文”、消しゴムのカス、涙でふやけた紙。身体で覚えたセーブの重み。
  • 段落の作法:ここまで、よく来た。ここから、また行こう。物語に句読点を打つ力
  • なくして学ぶ:最初からやり直す悔しさが、次のプレイをうまくする。失敗が蓄積に変わる瞬間を、何度も体験した。

第5章 “失いにくい時代”を賢く生きる7つの習慣

  1. 区切りを「言葉」にする:自動保存でも、節目に短い行を書き残す。「本章の骨子完成」「図1差替え済」。物語の句読点を自分で打つ
  2. 復元の稽古:月に1回、あえて古い版へ戻し、差分を確認する。戻れる自分を身体に覚えさせる。
  3. 3-2-1の原則:3つのコピーを2種類の媒体に、1つは別の場所に。写真も原稿も“ゲームの進行度”も守る。
  4. 手書きのショートログ:デジタルの横に、紙のメモ。今日の一行を書き残すだけで、記憶に厚みが出る。
  5. 締めの儀式:作業の最後に1分の「整える」。ファイル名に日付、「終わりの印」を入れて閉じる。
  6. やり直し前提の設計:資料やプロジェクトは初稿から“差し替え可能”に分割しておく。失っても痛くない構造が、挑戦の回数を増やす。
  7. 祝う:セーブするとき、そっと自分を褒める。「ここまで、よくやった」。保存=称賛にしておくと、続く。

第6章 小さな物語――あの日の自分へ

あの雷の日、床に座り込んだ少年に言ってやりたい。
「君はたしかに失った。だけど、失ったぶんだけ“もう一度”の強さを手に入れた」と。
そして今、膨大な自動保存に守られた私たちへ伝えたい。
「便利をうまく使えば、“もう一度”は無限にある。でも、“いまこの一回”を大切にするのは、たぶん人間の仕事だ」と。


第7章 まとめ──絶望の値札、便利の値札

記録が飛ぶ世界は、一回性の重みをくれた。
記録が守られる世界は、反復の自由をくれた。
どちらも人を育てる。だから私たちは、その日の仕事や学びに、両方の値札を貼ればいい。
「ここまでが、今日のセーブ」「明日は、別ルートからもう一度」
あの頃の絶望を知っている私たちは、いま、便利の海で丁寧さと大胆さを同時に選べる。

CTA:このあと1分、いま開いている作業に「区切りの一文」を足してから保存してください。
その一文が、未来のあなたの“続きへ”の呪文になります。