安直な「継続は力なり」を信じない

昔から日本では、一つの生活思想として重きが置かれている
「継続は力なり」という言葉。

中には、座右の銘にしている方もいらっしゃいます。

「石の上にも3年」
など、何かを続ける事に重きを置く文化でもあります。

この継続は力なりを英語では
“Hang in there.” : しがみつけ!
と表現することもあります。

ですが、この「続ける」という概念は
安易に解釈すると、単に「意固地になっている」だけ なのかもしれません。

今回はこの「継続」とういう概念について考察してみました。

継続とはなんなのか?

インターネットの検索窓に「継続」と入力すれば 「継続は力なり」と補完検索候補が出てきます。
それほど 「継続」と社会的●●●な「力」がセットになっています。

継続とは2つの意味があります。

1つ:前からの状態が途切れずに続くこと。また,続けること。
2つ:受けつぐこと。継承
[大辞林]

継続とは「途切れずに続く」ことを示唆しています。

ここで、一つ陥りやすい思考があります。
それは、一度始めたものは「全て」継続しなければならないという
一種の偏屈狂にも似た、脅迫観念です。

屁理屈かもしれませんが
全ての事柄を継続し続ける人というのはこの世に存在していません。

人はいずれ必ず死ぬからです。

極論ですが事実です。

ではここから細かく考察していきます。

世間で言われている「継続」とはなんなのか
継続することについてのメリットは、「例えば」以下のようなものがあります。

・習得するのが困難な作業スキルまたは専門スキルが身につく
・「その事柄についての」成功や失敗を繰り返すことによる問題対応力が身につく
・個々の能力差が大きくなり、客観的に「比較しやすく」また「比較されやすく」なる。(例えば会社に勤めた際の年功序列制度)
・その事柄についての深い知識が身につく。

では今度は逆に継続することについてのデメリットは、「例えば」以下のようなものがあります。

・他の事柄に触れる機会を失う。
・継続にかけた時間は、返ってこない。

上のような事柄から、継続しなかった●●●●●時のデメリットも見えてきます。
例えば以下のようなことが挙げられます。

・習得するのが困難な作業スキルまたは専門スキルが身につかない
・社会的な地位につきにくく、客観的な評価が得られにくい(畑違いであれば、最初から耕す必要がある。)
・続けなかった事柄に対する知識が浅くなりがち

ここまで、書いていて気づいたことがあります。
それは、「継続」として捉えている概念が
上の1つ目「そのままの状態で続いている」という事に、縛られています
例えば身近な例として、一つの会社で勤続し続けることを考えてみます。
その会社で、培ってきた知識、技術、人のつながり、金……
辞めればゼロにリセットされるわけではありません。
上の2つ目「継承」という事柄で言い換えれます。

100継承できなくても、10でも20でもあれば
その状態は保存されているのです。

良く「継続は力なり」のたとえ話で使われるのが
何かに所属●●するのをやめるか、やめないか
で語られます。

それは、誤りだと筆者は考えます。

重要なのは所属ではなく、力(実力)だからです。

芸歴40年という あまり売れない 芸人さんにスポットが当てられる時があります。
その一方芸歴2年でレギュラー番組を抱える売れっ子芸人さんもいらっしゃいます。

所属の長さで見れば 40年です。
ですが、それは言わずもがなです。
40年もやっていると見えてくる事柄もあると言われます。
それは所属していたからではなく、人生の多くの時間 頑張って 見えてきた事柄です。
努力や工夫、ひっくるめて言えば「力」によるものです。

国によって違う解釈

日本には 「石の上にも3年」 という諺がある一方
英語圏ではこんな諺(慣用句)があります。
A rolling stone gathers no moss.(転がる石には苔はもさない)

しかしこの慣用句は国によって解釈が違います。例えば
● アメリカ
活動的にいつも動き回っている人は能力を錆びつかせない
● イギリス
職業や住まいを転々とする人は成功できない

アメリカでは受粉をするミツバチ的な発想で
イギリスは日本と近い、根なし草的な発想です。

このように、国によって解釈に違いがありますが
根底は一緒です。

一生物個体としての力 (能力、社会的地位、人との繋がり)
に重きを置いています。

つまり、「継続は力なり」とは「力を欲する場合、継続が必要」ということであり
焦点を当てるところは「力」です。

継続する上で注意すること

「継続は力なり」とは不変の事実であることは間違いありません。
エジソンも、実験という事柄を続けたからこそ電球を開発できたのです。

(余談ですが、電球を開発したのは夜も実験をするためだったからです。)

ですが、ここで1つ質問です。

エジソンは同じ実験をし続けたでしょうか?

答えはNoです。
生涯の失敗(成功しなかった)例は、数えきれないほど山済みであったと聞きます。

「成功しなかった方法」を積み上げられたのは、失敗というカテゴリーに分け
そこで違う思想の実験にシフトしたからです。

ここにヒントがあります。

生きている限り、頑張ることはやめられません。
それは老若男女問わずです。
勉強も受験があれば終わりではありません。一生続きます。

「細かい事象」で考えれば
実は、世の中で何かを「継続していない人」などいないと筆者は考えます。

つまり
継続する上で「注意」するポイントは1つです。

その「継続」という言葉が向ける焦点が
「所属」では危険です。「力」に向けなければいけません。

会社員40年という効力はありませんが
会社員40年で培った 「力」には多大な効力が発揮されるのは周知の事実です。

自身も学び途中ではありますが

「続ける力」という事柄が、「居続けることに酔っている」という状態にならないように
注意が必要です。

▼ とても鋭い考察と実体験から書かれた体験記が
まさに目からうろこでした。
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